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第一原理計算による物質科学:入門編

気象や海流を長期にわたって予測したり自動車やロケット等の風洞実験を数値計算で代行したり、様々な分野でスーパーコンピュータが使われている。スーパーコンピュータは不可欠な道具としてじわじわと社会に浸透している。次は材料設計に革命をもたらすものと期待されているが実際のところどの程度まで実用に迫っているのだろうか。研究の成果をシリーズで紹介することによりそれを探ってみたい。
第一回:第一原理計算と物質予測
地球内部の高圧物質

いきなり地球内部の話になるが、地下660km以上深くに下部マントルとよばれる領域があり、そこではMgSiO3ペロブスカイトとよばれる鉱物からできていることが知られている(図1)。そんな奥深くの物質がどの程度硬いのか、などという話はどうでもよい事のように思えるのだが、実はそれが地震波測定上は重要なことらしい。5年ほど前にとあるニュースが配信された[1]。それによると、この物質の第一原理計算をしてみると、地球の芯(コア)に近い所での温度圧力条件(125 GPa、2,500 K)では別の構造「ポスト−ペロブスカイト(図2(b))」がより安定であることがわかった、とのことである。つまり地下2700km付近でマントルの構造がペロブスカイト構造からポストペロブスカイト構造(D"層)に変化するので、そこで地震波の速度が変わることになる。そのような速度変化が起こることはこれまで知られていたのだが、それが初めて理論的にわかったというのである。これを契機に地球内部構造の研究がさらに発展するのではないかと期待させる事例である。

直接測定することなど望めないような地中深くで、物質の構造だけでなく物性までも的確に予測してしまうこの「第一原理計算」とはどのようなものなのであろうか。


図1:地球内部のマントルの構造
(©飯高敏晃氏)

図2:ペロブスカイト構造(a)とポストペロブスカイト構造(b)
(©飯高敏晃氏)

理化学研究所 飯高博士には公開に先立って内容に関してチェックして頂きました。ここに謝辞を述べたいと思います。

[1] T. Iitaka, K. Hirose, K. Kawamura and M. Murakami, The elasticity of the MgSiO3 post-perovskite phase in the lowermost mantle, Nature 430, 442-445 (2004).

第一原理計算

図3:電子は広がりをもって物質波として存在している
MgSiO3ペロブスカイトもそのポストペロブスカイトもマグネシウム原子と酸化ケイ素のユニットからなる結晶であるという点では共通である。しかし原子配置が多少異なるため、結晶中の原子核と電子間に働く電気的な引力・斥力の差し引きがわずかに異なり、その結果、異なる全エネルギーを持つことになる。ポストペロブスカイトは全エネルギーが高いので圧力が低いうちは不安定であるが、よりコンパクトな構造を持つため、圧力を上げていくと相対的により安定になっていく。このように両者のわずかな全エネルギーの差が構造安定性を決めるのである。そのあたりを精度良く計算できるのが第一原理計算の特長なのである。

単に電気的な引力・斥力を計算するだけならば、たちどころに計算がすんでしまいそうな話だと思われるかもしれない。それなのになぜ次世代の計算対象なのであろうか。この計算が難しいのは、電子が量子性(粒子と波としての性質)を持つためである。

量子力学?

そういえばそんな話学生の時に聞いたことがある、とお思いの方も多いのではないだろうか。電子ほど軽い粒子になると、粒子はある一点に存在するのではなく、ある広がりを持って存在するようになる。微細な世界では電子は波動方程式に従って運動することになるのである。流体を解くときに使うのと類似の波動方程式である。

ところがである。それぞれの電子がそれぞれの波動方程式に従って動くので、3次元の世界に電子がN個いれば3N次元の方程式になる。そのため流体の時の3次元の方程式とは比べ物にならないほど複雑になる。そんなものどうやって解くのだろうか、という話になるわけであるが、解き方については次回以降に触れることにして、今回は一つ重要な側面を紹介しよう。

電子は従順

図4:水分子。原子核とそれにまとわりつく電子の分布

微細な世界の電子は従順なのである。よほどの事がない限り、電子はできるだけ余分なエネルギーを放出して、最も安定な軌道に沿って動こうとするという性質がある。例えば原子配置が少し変化したとき、電子はその変化を驚くべき早さで察知して軌道修正をするのである。この性質を電子の断熱性とよぶ。電子は原子配置の変化に応じて従順に変化するのである。

この断熱性のおかげで、電子は常に原子核にまとわりついているものとして陰に取り扱えばよいことになる。原子核が主役、電子は黒子となる。このような性質が無かったならばとても計算などできない、と言うほど重要な性質である。

原子核の位置をずらしたときに、電子がどのようにまとわりつき直すか。その結果どのように引力・斥力のバランスが変化して全エネルギーがどのように変化するか。それを計算することによって、原子に働く力(原子間力)が決まる。原子核はこの力に従って運動する。あるいはこの力に従って原子配置が緩和し最安定な構造をとる。これらの過程を追うのが第一原理計算で行われていることの概要である。

次回は、ダイアモンドやナノチューブなど多彩な構造をとる炭素素材を例にとり、電子のまとわりつき方がどのように物性に影響を及ぼすかを解説する

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